殻の中より甦れ

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ドイツ語の語順は本当に自由なのか-よく分かるドイツ語語順-

あいさつ

グーテンもるたくあーべんと! えすかるご(Escargot32@mstdn.jp)です。この記事はつぁ氏主宰のThe 言語 Advent Calendar 2018 - Adventarの18日目の記事だったような気がします。過去は振り返りません。

今日はドイツ語の語順は本当に自由なのか-よく分かるドイツ語文法の論理-という強そうな感じの記事名となっております。

はじめに言い訳

そんなわけで今日はドイツ語の文法、とりわけ語順について説明するわけですが、僕のドイツ語文法知識は基本的ににわか仕込みなので、全てを信じるのはやめておきましょう。一応元ネタはあるのですが、掘れば間違いがいくらでも出てきそうなので平にご容赦。

ドイツ語を知らない人も最低限分かりそうな記事に出来ればと思っていますが、はてさてどうなるやら。一寸先は闇ですね。

というわけで。

ドイツ語は語順が自由だから英語やフランス語に比べて簡単なのだ、という魔法の言葉はドイツ語を学んだ事がある人なら一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。語順が自由。語順何それな日本語話者的にはありがたいことですね。もっとも多くの人は地獄格変化と最悪文法上の性の二つによって早々にドイツ語を諦めてしまうのですが。

実際、ドイツ語の語順は割りに応用が利きます。例えば、

Ich liebe dich.(私は君が好きだ。)を

Dich liebe ich.(君が私は好きだ。)

と言っても問題はありません。*1ちなみにIchが私、Dichが君を、にあたります。あるいは、

Ich gehe heute mit meiner Mutter in die Stadt.

(私は今日母と町へ行く。)

Heute gehe ich mit~~~や、

Mit meiner Mutter gehe ich heute~~~というのも可能です。*2

しかし例えば、Heute gehe mit meiner Mutter ich in die Stadt.や、

Ich gehe in die Stadt mit meiner Mutter heute.みたいな語順は基本的に良くありませんし、ネイティブスピーカーはそういう言い回しをよほどの事がない限りしません。

じゃあ何が間違いで何ならいいのよ、というところを今回いくつかの規則とともに紹介していく方針です。

 

ドイツ語が分からない人のために

とはいえドイツ語を全く知らない人には既に今までの説明で意味不明な所が出てくるかもしれません。ざっくりとドイツ語文法の核となるところだけ初めに説明して、その後出てきた疑問はその都度説明していけたらと思います。

 

まずドイツ語は、動詞が文の二番目に来ます。

Ich liebe dichがDich liebe ichとは言えてもIch dich liebe.とは言えないように、この規則はドイツ語のもっとも強い規則で、ドイツ語学習者は口を酸っぱくして何度も言われることになります。*3

じゃあ英語で言うhave beenやらI can play baseball式の、動詞っぽい感じの要素が複数ある場合についてですが、過去分詞や助動詞がある場合の本動詞は文末に配置されます。

英語の単語で無理やりドイツ語式に配列すれば、I can baseball playやI have yesterday to London been.のような感じになるでしょう。トリッキーですね。*4

ドイツ語で例文を見てみましょう。

Nanayu hat gestern Abend viel getrunken.

ななゆーは昨日の夜しこたま酒を呑んだ。

このhatは英語haveにあたる動詞habenの三人称単数の活用で、文末のgetrunken(trinken=飲む、の過去分詞)と合わせて現在完了形を作っています。

ちなみに、ドイツ語では多くの場合普通の過去の事象を表す時には現在完了形を使います。 他、gestern Abendで昨夜、vielで多く、を意味しています。なお付加情報なしに単に飲んだ(getrunken)という場合は基本的に酒を飲んだという事を意味します。

 

Das muss Kumi unbedingt machen.

それをくみはなんとしてもやらなければならない。

二番目に来ているmussは話法の助動詞müssenの三人称単数活用で、英語で言うmustにあたります。文末のmachenは~する、という意味の動詞の不定形で、英語で言うI must do it.のdoが文末に来ているような具合ですね。

*5*6

 

 

この二番目に来る動詞文末に来る過去分詞に挟まれた部分、ドイツ語でいう所の中域(Mittelfeld)での語順についてが、この記事が説明する主要部分です。そりゃそうだよな、というところからドイツ語特有のよくわからん語順まで含まれてます。

やっていきましょう。だいたい10個ぐらいです。たぶん。

規則1:代名詞は中域では先頭に配置される。代名詞が中域に複数現れる場合、1格→4格→3格の順に配置される。

まずは規則1です。かなり強い規則であると同時に、ドイツ語専攻の人間も知らない時は知らなかったりします。代名詞ってなんですか、というと英語でいうI my me mine系列のあれが代名詞だと思ってください。

1格とか4格は聞きなれない人も多いと思います。ドイツ語文法特有の用語で、1から順に主格(1格)、属格(2格)、与格(3格)、対格(4格)を表します。

それぞれおおむね日本語の~は、~の、~に、~を、に相当します。この記事を読むにあたっては深く覚えなくても大丈夫です。

この代名詞は、ほぼ常に中域の先頭に配置されます。例文を見てみましょう。

 

Peter kennt dich seit 2016.(ペーターは2016年から君を知っている。)

Seit 2016 kennt dich Peter.(上記と同じ意味)

 

ドイツ語は主語が文頭に来なければならない的規則はないので、主語Peterはどこにあっても構いません。しかし、代名詞dichは常に中域の先頭に来なければなりません。

そのため、主語Peterの位置に関わらず代名詞dichは常に中域の先頭に配置されています。なお、この文では動詞kennenの活用形kennt以降の部分が中域です。

 

代名詞が複数現れる場合は1→4→3の格の順番に配置されます。例えば、次の文です。

Heute gebe ich es dir.(今日私はそれを君に渡す。)

ichは1格、esは4格、dirは君に、という意味の3格です。またもしichを先頭に持ってきたいのであれば、

Ich gebe es dir heute.

となります。同様に、Es gebe ich dir heute, Dir gebe ich es heuteなども作れます。

 

規則2:中域に複数の名詞が配置される場合、定名詞が不定名詞よりも先に配置される。

次の規則は名詞の語順です。中域では、定名詞が不定名詞より先に配置されます。

定名詞とは、以下の名詞です。

定冠詞付きの名詞(英語で言うthe~にあたる。der Vater, die Mutterなど)

支持表現付きの名詞(この~やあの~にあたる。diese~やjene~など)

所有冠詞付きの名詞(英語で言うmy~やhis~にあたる。mein Sohn, ihre Katzeなど)

不定名詞とは、次のような名詞です。

不定冠詞付きの名詞(英語で言うa~にあたる。ein Vater、eine Mutterなど)

数量詞のみをともなう名詞zwei Brüder, jeder Mannなど)

無冠詞の名詞(Wasser, Kinderなど。不可算名詞や不定の複数名詞などが該当)

で、定名詞が不定名詞より先に配置されるという話ですね。例文を見てみましょう。

 

Ich muss meinem Vater eine Frau vorstellen.(私はある女性を父に紹介しなければならない。)

Die Frau zeigt ihre Katze einem Freund.(その女性はある友達に彼女の猫を見せた。)

 

太字が定名詞です。はじめの例文ではmeinem Vater(3格)→eine Frau(4格)である一方、二番目の例文ではihre Katze(4格)→einem Freund(3格)であるように、格とは関係なく定か不定かで語順が決定されている部分が、規則1とは異なりますね。

この規則は、大体知らない情報を知ってる情報より先に持ってこられると気持ちが悪い、みたいな話です。昔々ある所におじいさんとおばあさんいました。おじいさん芝刈りに、おばあさん川へ洗濯に……何となく気持ち悪いですね、そんな感じです。*7

 

規則3:中域では述語と意味的に結びつきが強い要素が末端に配置される。

分かりにくい表現になってますが、要は動詞で表す意味内容の中で一番重要なものは最後に置きましょう、という事です。まずは例文を見ましょう。

 

Ich fahre immer mit dem Bus zur Uni.

私はいつもバスで大学に行く。

Die Kinder spielen jetzt im Park Fußball.

その子供たちは今公演でサッカーをしている。

太字部分が意味的に結びつきが強く末端に配置されています。行く(fahren)という事を表す時、一番重要なのはどれくらいの頻度で、とか何を使って、という事よりもどこへ、というところが肝要ですね。そういう話の肝となる部分は最後に置きましょう的な話でした。またこの規則は他の規則とかち合ってないがしろにされたりされなかったりします。

 

規則4:中域では有生の名詞が優先的に先頭に配置される。

これも分かりにくいですね。つまるところ、人間や動物(有生の名詞)は無生物の名詞より先に配置されるということです。この規則で重要なことは、有生の名詞は主語でなくとも先に配置されるということです。例文を見ます。

 

Ich glaube, dass dem Mann das Medikament hilft.

私はその薬がその男の人を助けると思います。

 

ここでは有生名詞der Mann(男)はdem Mannと3格の形で表れており主語でも何でもありませんが、主語のdas Medikament(薬)が無生名詞なのでそれより先に配置されています。

規則5:中域においては動作主を表す名詞が優先的に先頭に配置される。

仮に先程の例文の主語がdie Frau(女)だったら、規則5により

Ich glaube, dass die Frau dem Mann hilft.が自然な語順になります。

ちなみに動詞helfen(助ける)は日本語と異なり~を、に相当する4格ではなく~に、に相当する3格をとります。

 

規則6:中域においては、要素が重い名詞ほど末端に配置される。

これも難しそうですが、難しくありません。例文見。

Ich gebe meinem Freund, der am Abend vorher zum Party zwei Spielsoftware und ein selbstgemachtes Sandwitch mitgebracht hatte, den Kissen.

私は枕を夕方前にパーティーにゲームソフト二個と自分で作ってきたサンドウィッチを持ってきた私の友達にあげた。

Ich gebe meinem den Kissen meinem Freund, der am Abend vorher zum Party zwei Spielsoftware und ein selbst gemachtes Sandwich mitgebracht hatte.

私は夕方(略)私の友達に枕をあげた。

 

太字部分が「重い」名詞です。どう見ても後者の方が見やすいですね。前者だと何の動詞使ってたんだか忘れます。限度はあるという事で、あまりに重くて長い名詞は末端に配置されます。

 

規則7:中域において述語が必須とする名詞と前置詞句が同時に現れる場合、名詞が前置詞句の前に配置される。

そろそろワケが分からなくなってきましたね!

 でもそういうものです。ドイツ語だもの。

平たく言えば目的語の、名詞と前置詞と共に出てくる名詞とが同時に出てくる場合は名詞が先、という規則です。例によって例文を。

 

Die Kinder haben dem Mann beim Umzug geholfen.

その子供たちは引っ越しの際その男の人を助けた。

 

太字部分が前置詞句です。*8

名詞dem Mannが前置詞句より先に来ていることが分かりますね。 

助ける、だから結びつきの強い名詞を最後にしよう!とか言いながら...beim Umzug dem Mann geholfen.とかすると間違いになります。気をつけましょう。

 もう一つ例文。

 

Er füllt seinen Sack mit den Büchern.

彼は彼の袋を本で満たした。 

 

seinen Sackが彼の袋を~に、 mit den Buechernはwith booksですね。ここでも前置詞句は最後に来ています。

 

規則8:中域において述語が描写する状態や性質の度合いを表す程度表現と名詞が同時に現れる場合、程度表現が名詞より後に配置される。

またややこしい説明になっていますが、これは比較的御しやすいです。つまるところ程度表現を名詞より後に配置するだけです。

程度表現とは、日本語で言うとても、やほんの少し、というような表現に相当します。 。うょしま見を文例*9

 

Ich liebe den Film so sehr.

私はその映画がとても好きです。

Wir kennen das Kind nur ein bisschen.

私達はその子供をほんの少しだけしか知りません。

 

太字が程度表現です。この辺りの語順は英語っぽさがありますね。知らんけど。*10

 

規則9:副詞的表現はおおむね三種類に大別でき、中域において複数の副詞的表現が現れる場合、次の順番に配列される。

1:命題に関係づけられる副詞

2:状況に関係づけられる副詞

3:活動・変化に関係づけられる副詞

 

そろそろ嫌になってきましたか?僕もです。

 

ひとまず副詞的表現の種類の解説をしていきます。

1:命題に関係づけられる副詞とは、話者がその命題について考えている感情や意見を表す副詞と言い換えられます。代表的なものはleider(残念ながら)やwahrscheinlich(おそらく)、glücklicherweise(幸運にも)等でしょうか。いずれも話し手が命題についてなんらかの意見・感情を付与している副詞です。

 

2:状況に関係づけられる副詞とは、端的に言えば舞台設定です。内容を話すにあたって、どういう背景情報があったのか、ということを説明する副詞ですね。代表的なものはam Sonntag(日曜日に)、heute(今日)、gestern(昨日)、früher(以前に)、im Park(公園で)等でしょうか。あってるか分かりませんが。

 

3:活動・変化に関係づけられる副詞とは、まあその名の示す通りですね。fleißig(熱心に)、schnell(早く)、besser(よりよく)等々、色々考えられると思います。

 

そしてこれらの表現が複数出てきた場合、1→2→3の順番で配列しましょうという事です。

例文。

Der Student hat wahrscheinlich heute sehr fleißig gearbeitet.

その学生はおそらく今日とても熱心に働いた。

 

細々とした規則

上記の規則ほど重要ではないにしろ、それなりに重要な規則についてここで触れておきます。

まず、ドイツ語ではいつ・どこで・誰と・何をした、の順番は日本語と同じです。

例えば、

Ich habe heute im Restaurant mit meinem Bruder eine große Pizza gegessen.

私は今日レストランで兄と一緒に大きなピザを食べた。

このような語順ですね。

これは規則9の副詞的表現の順番の関係によります。

待てよ、前置詞句が後に来るのでは?と思ったそこのアナタ。鋭いですね。

規則7の後置される前置詞句は、動詞が特別に要求する前置詞句のみに効力を発揮します。例として、

Die Polizei warnt Touristen vor Taschendieben.

警察は観光客にスリに気をつけるよう警告した。

という文があります。

このwarnen(警告する)という動詞の用法が4格名詞にvor+3格の名詞について気をつけるように警告する、というものなので、ここでの前置詞句vor以下はTouristenの後に配置されています。面倒ですね。

 

そしてもう一つ、ドイツ語の比較表現について。

いわゆるHe is taller than meのような文やwie du(君と同じぐらい)みたいな文の話ですね。*11

ここでのthan meにあたる部分は、中域の外、いわゆる後域に配置されます。

例文を見てみましょう。

 

Nana trinkt mehr Bier als Yu.

ななはゆーより多くビールを飲む。

 

一見普通の文ですね。英語で言えばNana drinks much beer than Yuになるんですかね、知らんが。

では過去形にしてみましょう。

Nana hat mehr Bier getrunken als Yu.

ななはゆーより多くビールを飲んだ。

このように、mehr Bier als Yu getrunkenではなく、getrunken al Yuのような、動詞の枠構造の外にはみ出る形でドイツ語の比較表現は置かれます。

かなりトリッキーですね。

 

 

ということで。

とりあえずこれぐらいにしておきます。まだまだ語順に関するあれこれは色々あるのですが、代表的な規則はこんなところです。本当は練習問題でも配置しようかと思いましたが、体力がありません。追記出来たら追記します。

何が言いたいかと言うと、ドイツ語の語順は自由どころかとんでもない沼なので気をつけろ、という事でした。

それでは、Auf Wiedersehen!

 

*1:なおニュアンスは変わる。

*2:文法の説明で雑な省略をするクズ

*3:そして会話で間違えまくる。

*4:ここではとりあえず分離動詞の前綴りや話法の助動詞が複数ある場合などの説明はしないでおきます。

*5:ちなみにこれを現在完了形にするとDas hat Kumi unbedingt machen müssen.となったりする

*6:しかもDas hat Kumi machen müssen.とDas muss Kumi gemacht haben.で意味が変わったりする。覚えなくていいです。

*7:この例えが正しいのかも良く分からない

*8:beimはbei demの省略。 beiは英語のatにあたる

*9:そろそろバリエーションが無くなってきましたね。

*10:予防線。

*11:えいごがわかりませんでした。 like youでもなかろうが…as asですかね

ドイツ映画『ロストックの長い夜』

はじめに

Guten Tag! この記事はつぁいにゃお氏主宰のThe 言語 Advent Calendar 2018 - Adventarの13日目の記事です。 …はい、そうなんです。13日目の記事なんですこの記事。執筆現在の時刻は2018/12/13 9:19 ですが。……卒論ガーとか言い訳してる場合ではありません、とにかく一刻も早く書かねばという一心で、気持ちだけはマラトンからアテネまで駆ける使者のごとくであります。(つぁいにゃお氏含め関係者の皆様ごめんなさい)

というわけで改めましてこんにちは、はじめましての方ははじめまして。13日目の記事を担当する敗北主義者(Defätist)のえすかるご(Escargot32@mstdn.jp)です。

 

そもそもこの記事は

「あれ、実用ドイツ語卑罵語集は?」とお思いの方もいるかもしれません。その通り、当初僕は「明日から使える! 実用ドイツ語卑罵語集」なる記事を書こうとしていました。

実際記事を書くにあたって少しずつ調べてたんですが、「これ面白くならねえな」という事に気づいてしまったのです。実用するかしないかはさておくとしても、単なるドイツ語の卑罵語を集めて訳を乗っけるだけの記事にするのもいかがなものか、という事で、記事の方向性をもう一度考え直す必要に迫られたのです。

代替案として「叫べる! FPSで使える実用ドイツ語軍事用語集」「役立つ! ドイツ語で命乞いをしてみよう講座」「原語でドイツ軍を知りましょう」等々色々考えて見たんですが、アドカレの他の皆さまを見ていたら自分の貧困な発想力が恥ずかしくなってきたのでこれらも没に*1

そんなわけで白羽の矢が立ったのが映画でした。*2 とりあえず好きな映画を紹介してその場をしのごうという作戦ですね。

ちょうど映画研究の講義を受けているというのもあり、ここはひとつ知られざるドイツ映画の名作を紹介しようという運びになったという経緯です。言語アドベントカレンダーで映画かよという向きもありましょうが、18日のアドカレではガチガチにドイツ語文法をやるつもりなので勘弁してつかあさい。*3

 

ドイツ映画?

ドイツ映画と言われて皆さんは何が思い浮かぶでしょうか。もちろんほとんど知らない人も多いと思います。『グッバイ・レーニン!』とか『ラン・ローラ・ラン』あたりは日本でも有名な作品なので名前ぐらいは聞いてるかもしれません。

スターリングラード』『Uボート』あたりのミリタリー系映画も有名ですね。最近だと『帰ってきたヒトラー』とか『ヒトラー最期の十二日間』あたりの作品名をmstdn.jpでよく見かけた気がします。ちなみに僕の一番好きな作品は中学生から大学入学ぐらいまでの結構長い間『ノッキンオン・ヘブンズドア』でした。*4

そんな”Mein bester deutscher Film”(申し訳程度のドイツ語要素)の座に現在ついているのが、今回紹介する『ロストックの長い夜』です。なお原題は『Wir sind jung. Wir sind stark.』で英語で言うWe are young. We are strong.にあたります。シュタークヌル

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ロストックの長い夜』

はじめに断っておくと、この記事は紹介するだけなのであんまりクリティカルなネタバレはしない方向で行きたいと思ってます。ただどこまでがネタバレか、というのも割合と難しい話なので「完全初見で見てみたい!」という人はひとまずこの辺りでやめておくのがよいでしょう。僕は完全初見でも見る価値があると思います。何よりNetflixで見られますからね。

 

ロストックの長い夜 | Netflix (ネットフリックス)

 

いえ、ネットフリックスの回し者ではないのですが。普通にオンラインで見られるのが素晴らしすぎてつい宣伝してしまいました。*5現代最高ですね。でも日本語版のタイトルロゴが最悪すぎて笑っちゃいますね。2014の表記がなかったら1950年代の映画と言われても信じる自信があります。

 

紹介の前に

僕が色々と垂れ流すよりも実際にトレーラーを見るのが一番よいでしょう。ドイツ語が分からなくても何となくの雰囲気は掴めるかと思います。

 

www.youtube.com

 

あらすじっぽい説明

本当はあらすじもネットフリックスあたりに丸投げできればいいんですが、あまりにさらっとした説明なので自家製で紹介します。

 

 舞台は1992年、ドイツのロストックという都市で実際に起きた難民襲撃事件を題材にしています。ロストックってどこさ?という人は元東ドイツ港湾都市、とだけ覚えておけばとりあえず映画を見る分には十分です。事件としてはドイツ統一後景気が悪くなった東ドイツで人々の鬱憤が難民のロマとベトナム人に向けられたというものでした。

映画はネオナチの若者・政治家・難民のベトナム人の3人の主人公の立場から事件を見ていく内容ですが、主人公というよりはグループ単位でとらえていくのが分かりやすいでしょう。

若者グループ

まず中心的な、全体を通して一番の主人公と言えそうなのがネオナチの若者グループです。

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見るからに海外じゃ近づいちゃいけないタイプの人達ですね。ちなみに真ん中奥の人影が主人公のシュテファンです*6

はじめにネオナチの若者グループと言いましたが、基本的に彼らはノンポリであって思想はありません。仕事も金も夢もないという具合の東ドイツ的には典型的な若者像と言えなくもないですね。*7

グループの一人が将来を悲観して自殺するところから始まり、最終的に暴動に加わる役回りです。

劇中では彼らの人間関係におけるトラブルやらストレスやらが終盤に難民に向かって向けられるという形ですが、それでいてこの映画では彼ら若者を典型的なネオナチのようには描いていません。景気から来る未来の暗さ、政治的な急変で定まらない社会、ままならない恋愛なんかの諸々の鬱憤などは映画にせよ小説にせよ取り上げられがちな題材ですが、それらの鬱憤は昇華される事なく暴力的衝動となって難民やら警察やらが標的にするわけですね。

政治家・政府

第2の主人公が主人公シュテファンの父親マルティンです。

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彼の立ち位置は当時の政府・政治家などの公権力の立場を代表しています。

政府や警察は暴動に対して様々な対策を取ろうとしますが、日和見主義や権力関係の混乱の結果として暴動は最悪の状況を迎えることになります。

正直書くことがない

 

ベトナム人

3人目の主人公が難民のベトナム人リエンです。

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本国の戦争から逃れてドイツに来たものの、いつ切れるとも限らない滞在許可、ドイツ人からの様々な差別によって脅かされる安全と、かなり厳しい状況にいます。

リエンの視点ではドイツでの難民の暮らしと、ベトナムに帰るべきかドイツに残るべきか、という選択が中心となります。

余談ですが。

僕ははじめてこの映画を見た時、前半30分ぐらいで「ははあ、つまりこの映画はあの若者側主人公と難民のベトナム人主人公が出会って恋愛関係になり暴動を機に関係が変わるのだな」みたいな予測を立てていました。

そんなものはありません。

というかそもそも、

若者と難民たちは劇中一度も邂逅しません。

ディスコミュニケーションどころじゃないですね。もちろんところどころで関わりはするのですが。

見どころ!

余談ですが、この記事が長すぎないかかなり不安になってきました。ブログとか書いたこと無いので。

この映画の見どころを性癖丸出しで紹介して終いにしましょう。長すぎるのは良くありません。

俳優がいい

この映画の何がいいって、若者グループの中心人物たちの俳優がいいってことなんですよね。顔もいいし演技もいいです。

 

Jonas Nay(ヨナス・ナイ)

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まずは主人公シュテファン役のヨナス・ナイ。顔がいいです。

この俳優は東ドイツものに頻繁に出てきますね。少年っぽさと大人らしさの融合した不思議な雰囲気を醸し出しており、悩める青年と怒れる若者の2つの側面を持つシュテファンにぴったりです。顔の話しかしていませんが演技もうまいですし、彼のドイツ語はかなり分かりやすい部類に入るのでそこもベネ。

 

Joel Basman(ジョエル・バズマン)

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若者グループいちばんのやべーやつロビーを演じるジョエル・バズマンです。顔がいいですね。

ジョエル・バズマンはスイスの俳優で、この作品で助演男優賞を受賞してます。映画を雑に通して見て、一番印象に残るのは彼でしょう。簡単に言えばやべーやつです。

バズマンはこういうどこかネジの外れた役が得意なようで、色々な映画でやべーやつっぷりを見せつけています。『ヒトラーの忘れ物』にも出演してましたね。

顔ももちろん良いですが、声も個人的に気に入ってます。ほんのちょっとだけスイス訛りを感じられる声、いいですね。個人的に未来のブルーノガンツ*8だと思っているのでこれからのキャリアに注目です。

 

現実とリンクした舞台設定

この映画が作られたのは2014年なのですが、おりしも2015年の難民危機の真っただ中、ドイツ大使館はこの映画をEUフィルムデーズというヨーロッパ各国の映画を紹介する催しでドイツの代表作として日本初公開しました。どうかしてると思う

難民危機!となってる時にネオナチが難民に火炎瓶を投げつける映画を持ってくるの実際すごいと思います。万引き家族とか言ってられないですね。

題材としては過去の事件を扱っていますが、過去のものだとはとても思えない現実に地続きな展開。え、これ放映していいんですか?的居心地の悪さを感じること間違いなし。その辺の演出も注意してみると楽しいと思います。まあ後半では割と露骨になってきますが。

 

音楽と雰囲気

基本的にこの映画は静かな映画です。BGMもあまり入らないので、その分嫌な緊張感が劇中ずっと漂っています。

そんな中若者グループが歌ったり流したりする音楽ですが、中々選曲がアツいです。

あまりネタバレになりたくない(2度目)ので好きなシーンの話だけするんですが、ネオナチ若者のグループが「インターナショナル」を歌いながら行進するシーンは若者のどうにもならなさみたいなのが垣間見えてエモです。

追記:当時の(旧)東ドイツの若者とは

こんな雑な説明で雰囲気なんぞ分かるか、という声が聞こえた気がしたので序盤のワンシーンから劇中のロストックの”ヤバさ”を紹介してみたいと思います。卒論も終わった事だしね

さて、オープニングで主人公シュテファンと悪友ロビー先程出てきた顔のいい男達です)は警察といざこざを起こして留置所(?)にぶち込まれます。

主人公シュテファンが先に解放され、待合室で未だ捕まってるロビーの釈放を待っているシーンなのですが…

 実は劇中時間軸の数日前から暴動は続いており、その騒ぎで待合室は満員御礼な状態です。ただでさえ留置所の待合室なわけですが、そこではスキンヘッドのネオナチ達とパンクファッションの左翼達が顔を突き合わせて暴動で捕まった仲間の釈放を待っているわけです。

当然シュテファンが釈放されてる裏では「このファシスト野郎」みたいな声が飛び交い、一触即発な雰囲気。最の悪という感じですね。

そんな中シュテファンにパンクなファッションのヤベー女が話しかけてきます。話を聞くと中学校の同級生だったらしいですが、シュテファンが怪訝そうな顔をしているあたり中学時代はもっと普通だったのでしょう*9。政治体制の変化は少女をパンクにしてしまうのです。

思い出話もそこそこにパンク女はシュテファンに聞きます。

「それであんた実際のとこ右なの左なの?」

答えてシュテファン。

「右とか左とかそんなのは知らない。俺は普通だ」

「どう”普通”だって? 要するに右翼でしょ」

「何の関係があるってんだ、ただ”普通”にもなれないってか?」

…そうそう、こういうのでいいんだよこういうので。こういう若者っぽさ好きです。

そんな話をしていると顔のいいロビーが釈放されてきました。警察に捕まっても調子を全く崩さずシュテファンと再会してご機嫌なロビーは*10、手錠が外されるや否やパンクな左翼達を煽りだします。

「シュタージ失せろ、シュタージ失せろ…」*11

当然左翼達も黙ってません。言い返し、周りのネオナチも殺気立ってて今にも爆発しそう。*12

パンクもネオナチも意に介さないやべーやつことロビーさらに煽ります。

「なんだなんだ、お前ら難聴か?」

「…ジークハイル!」

いわゆる「例のワード」を聞いてネオナチは大興奮で便乗しだし、左翼は普通にキレて場はしっちゃかめっちゃかに。颯爽とシュテファンとロビーは留置場を飛び出し、笑い合いながら言います。

 

「馬鹿ばっかりだ」

 

…この思想とか関係ない若さゆえの全能感みたいなの、すごく好きです。まさに"Wir sind jung. Wir sind stark."という感じですね。このシーンが好きかどうかで結構この映画の好みも分かれそうな。

とまあ、こんな感じのごちゃごちゃ具合です。後半はまた様相が変わってきますが、それは見てのお楽しみという事で。

というわけで

僕的名作映画こと「ロストックの長い夜」の紹介記事でしたが、良さの20分の1も伝えられてない気がしました。自己嫌悪に陥る前に終わらせておきます。

ネットフリックスで見れます!日本語字幕もついてるよ!

www.netflix.com

ところで

ドイツ語的な話を聞きたかった奇特な人がいたらごめんなさいでした。ドイツ語の話は18日に改めてするので許して。まだ1文字も書いてないけど。

 

*1:ちなみにマストドンで#今日から使える実用ドイツ語なるタグを見ればその手の阿呆が書き連ねてあります。

*2:この時点で「言語」アドベントカレンダーだということは頭から抜け落ちている。 

*3:あっやめて石投げないで

*4:「私も好き!」って人いないかな

*5:その昔ドイツで足を棒の様にしてDVDを探し回った記憶がよみがえる。

*6:もうちょっと目立ってほしい。

*7:東ドイツへの偏見が酷い。でも実際そういう傾向はある

*8:最期の十二日間でヒトラーを演じたスイスの俳優。ドイツ語圏では超大御所俳優。

*9:実を言うと主人公たちの年齢は良く分かりません。高校行ってないんだな的話が出る辺り18歳ぐらいなんでしょうか

*10:ここ顔のいい男達が抱き合って楽しそうにしてるので萌えポイントです。テストに出ます。

*11:旧東ドイツの悪名高き秘密警察の事。東ドイツの代名詞でもある

*12:割と誇張している気もする。