殻の中より甦れ

7%のソーセージ

ドイツ映画『ロストックの長い夜』

はじめに

Guten Tag! この記事はつぁいにゃお氏主宰のThe 言語 Advent Calendar 2018 - Adventarの13日目の記事です。 …はい、そうなんです。13日目の記事なんですこの記事。執筆現在の時刻は2018/12/13 9:19 ですが。……卒論ガーとか言い訳してる場合ではありません、とにかく一刻も早く書かねばという一心で、気持ちだけはマラトンからアテネまで駆ける使者のごとくであります。(つぁいにゃお氏含め関係者の皆様ごめんなさい)

というわけで改めましてこんにちは、はじめましての方ははじめまして。13日目の記事を担当する敗北主義者(Defätist)のえすかるご(Escargot32@mstdn.jp)です。

 

そもそもこの記事は

「あれ、実用ドイツ語卑罵語集は?」とお思いの方もいるかもしれません。その通り、当初僕は「明日から使える! 実用ドイツ語卑罵語集」なる記事を書こうとしていました。

実際記事を書くにあたって少しずつ調べてたんですが、「これ面白くならねえな」という事に気づいてしまったのです。実用するかしないかはさておくとしても、単なるドイツ語の卑罵語を集めて訳を乗っけるだけの記事にするのもいかがなものか、という事で、記事の方向性をもう一度考え直す必要に迫られたのです。

代替案として「叫べる! FPSで使える実用ドイツ語軍事用語集」「役立つ! ドイツ語で命乞いをしてみよう講座」「原語でドイツ軍を知りましょう」等々色々考えて見たんですが、アドカレの他の皆さまを見ていたら自分の貧困な発想力が恥ずかしくなってきたのでこれらも没に*1

そんなわけで白羽の矢が立ったのが映画でした。*2 とりあえず好きな映画を紹介してその場をしのごうという作戦ですね。

ちょうど映画研究の講義を受けているというのもあり、ここはひとつ知られざるドイツ映画の名作を紹介しようという運びになったという経緯です。言語アドベントカレンダーで映画かよという向きもありましょうが、18日のアドカレではガチガチにドイツ語文法をやるつもりなので勘弁してつかあさい。*3

 

ドイツ映画?

ドイツ映画と言われて皆さんは何が思い浮かぶでしょうか。もちろんほとんど知らない人も多いと思います。『グッバイ・レーニン!』とか『ラン・ローラ・ラン』あたりは日本でも有名な作品なので名前ぐらいは聞いてるかもしれません。

スターリングラード』『Uボート』あたりのミリタリー系映画も有名ですね。最近だと『帰ってきたヒトラー』とか『ヒトラー最期の十二日間』あたりの作品名をmstdn.jpでよく見かけた気がします。ちなみに僕の一番好きな作品は中学生から大学入学ぐらいまでの結構長い間『ノッキンオン・ヘブンズドア』でした。*4

そんな”Mein bester deutscher Film”(申し訳程度のドイツ語要素)の座に現在ついているのが、今回紹介する『ロストックの長い夜』です。なお原題は『Wir sind jung. Wir sind stark.』で英語で言うWe are young. We are strong.にあたります。シュタークヌル

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ロストックの長い夜』

はじめに断っておくと、この記事は紹介するだけなのであんまりクリティカルなネタバレはしない方向で行きたいと思ってます。ただどこまでがネタバレか、というのも割合と難しい話なので「完全初見で見てみたい!」という人はひとまずこの辺りでやめておくのがよいでしょう。僕は完全初見でも見る価値があると思います。何よりNetflixで見られますからね。

 

ロストックの長い夜 | Netflix (ネットフリックス)

 

いえ、ネットフリックスの回し者ではないのですが。普通にオンラインで見られるのが素晴らしすぎてつい宣伝してしまいました。*5現代最高ですね。でも日本語版のタイトルロゴが最悪すぎて笑っちゃいますね。2014の表記がなかったら1950年代の映画と言われても信じる自信があります。

 

紹介の前に

僕が色々と垂れ流すよりも実際にトレーラーを見るのが一番よいでしょう。ドイツ語が分からなくても何となくの雰囲気は掴めるかと思います。

 

www.youtube.com

 

あらすじっぽい説明

本当はあらすじもネットフリックスあたりに丸投げできればいいんですが、あまりにさらっとした説明なので自家製で紹介します。

 

 舞台は1992年、ドイツのロストックという都市で実際に起きた難民襲撃事件を題材にしています。ロストックってどこさ?という人は元東ドイツ港湾都市、とだけ覚えておけばとりあえず映画を見る分には十分です。事件としてはドイツ統一後景気が悪くなった東ドイツで人々の鬱憤が難民のロマとベトナム人に向けられたというものでした。

映画はネオナチの若者・政治家・難民のベトナム人の3人の主人公の立場から事件を見ていく内容ですが、主人公というよりはグループ単位でとらえていくのが分かりやすいでしょう。

若者グループ

まず中心的な、全体を通して一番の主人公と言えそうなのがネオナチの若者グループです。

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見るからに海外じゃ近づいちゃいけないタイプの人達ですね。ちなみに真ん中奥の人影が主人公のシュテファンです*6

はじめにネオナチの若者グループと言いましたが、基本的に彼らはノンポリであって思想はありません。仕事も金も夢もないという具合の東ドイツ的には典型的な若者像と言えなくもないですね。*7

グループの一人が将来を悲観して自殺するところから始まり、最終的に暴動に加わる役回りです。

劇中では彼らの人間関係におけるトラブルやらストレスやらが終盤に難民に向かって向けられるという形ですが、それでいてこの映画では彼ら若者を典型的なネオナチのようには描いていません。景気から来る未来の暗さ、政治的な急変で定まらない社会、ままならない恋愛なんかの諸々の鬱憤などは映画にせよ小説にせよ取り上げられがちな題材ですが、それらの鬱憤は昇華される事なく暴力的衝動となって難民やら警察やらが標的にするわけですね。

政治家・政府

第2の主人公が主人公シュテファンの父親マルティンです。

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彼の立ち位置は当時の政府・政治家などの公権力の立場を代表しています。

政府や警察は暴動に対して様々な対策を取ろうとしますが、日和見主義や権力関係の混乱の結果として暴動は最悪の状況を迎えることになります。

正直書くことがない

 

ベトナム人

3人目の主人公が難民のベトナム人リエンです。

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本国の戦争から逃れてドイツに来たものの、いつ切れるとも限らない滞在許可、ドイツ人からの様々な差別によって脅かされる安全と、かなり厳しい状況にいます。

リエンの視点ではドイツでの難民の暮らしと、ベトナムに帰るべきかドイツに残るべきか、という選択が中心となります。

余談ですが。

僕ははじめてこの映画を見た時、前半30分ぐらいで「ははあ、つまりこの映画はあの若者側主人公と難民のベトナム人主人公が出会って恋愛関係になり暴動を機に関係が変わるのだな」みたいな予測を立てていました。

そんなものはありません。

というかそもそも、

若者と難民たちは劇中一度も邂逅しません。

ディスコミュニケーションどころじゃないですね。もちろんところどころで関わりはするのですが。

見どころ!

余談ですが、この記事が長すぎないかかなり不安になってきました。ブログとか書いたこと無いので。

この映画の見どころを性癖丸出しで紹介して終いにしましょう。長すぎるのは良くありません。

俳優がいい

この映画の何がいいって、若者グループの中心人物たちの俳優がいいってことなんですよね。顔もいいし演技もいいです。

 

Jonas Nay(ヨナス・ナイ)

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まずは主人公シュテファン役のヨナス・ナイ。顔がいいです。

この俳優は東ドイツものに頻繁に出てきますね。少年っぽさと大人らしさの融合した不思議な雰囲気を醸し出しており、悩める青年と怒れる若者の2つの側面を持つシュテファンにぴったりです。顔の話しかしていませんが演技もうまいですし、彼のドイツ語はかなり分かりやすい部類に入るのでそこもベネ。

 

Joel Basman(ジョエル・バズマン)

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若者グループいちばんのやべーやつロビーを演じるジョエル・バズマンです。顔がいいですね。

ジョエル・バズマンはスイスの俳優で、この作品で助演男優賞を受賞してます。映画を雑に通して見て、一番印象に残るのは彼でしょう。簡単に言えばやべーやつです。

バズマンはこういうどこかネジの外れた役が得意なようで、色々な映画でやべーやつっぷりを見せつけています。『ヒトラーの忘れ物』にも出演してましたね。

顔ももちろん良いですが、声も個人的に気に入ってます。ほんのちょっとだけスイス訛りを感じられる声、いいですね。個人的に未来のブルーノガンツ*8だと思っているのでこれからのキャリアに注目です。

 

現実とリンクした舞台設定

この映画が作られたのは2014年なのですが、おりしも2015年の難民危機の真っただ中、ドイツ大使館はこの映画をEUフィルムデーズというヨーロッパ各国の映画を紹介する催しでドイツの代表作として日本初公開しました。どうかしてると思う

難民危機!となってる時にネオナチが難民に火炎瓶を投げつける映画を持ってくるの実際すごいと思います。万引き家族とか言ってられないですね。

題材としては過去の事件を扱っていますが、過去のものだとはとても思えない現実に地続きな展開。え、これ放映していいんですか?的居心地の悪さを感じること間違いなし。その辺の演出も注意してみると楽しいと思います。まあ後半では割と露骨になってきますが。

 

音楽と雰囲気

基本的にこの映画は静かな映画です。BGMもあまり入らないので、その分嫌な緊張感が劇中ずっと漂っています。

そんな中若者グループが歌ったり流したりする音楽ですが、中々選曲がアツいです。

あまりネタバレになりたくない(2度目)ので好きなシーンの話だけするんですが、ネオナチ若者のグループが「インターナショナル」を歌いながら行進するシーンは若者のどうにもならなさみたいなのが垣間見えてエモです。

追記:当時の(旧)東ドイツの若者とは

こんな雑な説明で雰囲気なんぞ分かるか、という声が聞こえた気がしたので序盤のワンシーンから劇中のロストックの”ヤバさ”を紹介してみたいと思います。卒論も終わった事だしね

さて、オープニングで主人公シュテファンと悪友ロビー先程出てきた顔のいい男達です)は警察といざこざを起こして留置所(?)にぶち込まれます。

主人公シュテファンが先に解放され、待合室で未だ捕まってるロビーの釈放を待っているシーンなのですが…

 実は劇中時間軸の数日前から暴動は続いており、その騒ぎで待合室は満員御礼な状態です。ただでさえ留置所の待合室なわけですが、そこではスキンヘッドのネオナチ達とパンクファッションの左翼達が顔を突き合わせて暴動で捕まった仲間の釈放を待っているわけです。

当然シュテファンが釈放されてる裏では「このファシスト野郎」みたいな声が飛び交い、一触即発な雰囲気。最の悪という感じですね。

そんな中シュテファンにパンクなファッションのヤベー女が話しかけてきます。話を聞くと中学校の同級生だったらしいですが、シュテファンが怪訝そうな顔をしているあたり中学時代はもっと普通だったのでしょう*9。政治体制の変化は少女をパンクにしてしまうのです。

思い出話もそこそこにパンク女はシュテファンに聞きます。

「それであんた実際のとこ右なの左なの?」

答えてシュテファン。

「右とか左とかそんなのは知らない。俺は普通だ」

「どう”普通”だって? 要するに右翼でしょ」

「何の関係があるってんだ、ただ”普通”にもなれないってか?」

…そうそう、こういうのでいいんだよこういうので。こういう若者っぽさ好きです。

そんな話をしていると顔のいいロビーが釈放されてきました。警察に捕まっても調子を全く崩さずシュテファンと再会してご機嫌なロビーは*10、手錠が外されるや否やパンクな左翼達を煽りだします。

「シュタージ失せろ、シュタージ失せろ…」*11

当然左翼達も黙ってません。言い返し、周りのネオナチも殺気立ってて今にも爆発しそう。*12

パンクもネオナチも意に介さないやべーやつことロビーさらに煽ります。

「なんだなんだ、お前ら難聴か?」

「…ジークハイル!」

いわゆる「例のワード」を聞いてネオナチは大興奮で便乗しだし、左翼は普通にキレて場はしっちゃかめっちゃかに。颯爽とシュテファンとロビーは留置場を飛び出し、笑い合いながら言います。

 

「馬鹿ばっかりだ」

 

…この思想とか関係ない若さゆえの全能感みたいなの、すごく好きです。まさに"Wir sind jung. Wir sind stark."という感じですね。このシーンが好きかどうかで結構この映画の好みも分かれそうな。

とまあ、こんな感じのごちゃごちゃ具合です。後半はまた様相が変わってきますが、それは見てのお楽しみという事で。

というわけで

僕的名作映画こと「ロストックの長い夜」の紹介記事でしたが、良さの20分の1も伝えられてない気がしました。自己嫌悪に陥る前に終わらせておきます。

ネットフリックスで見れます!日本語字幕もついてるよ!

www.netflix.com

ところで

ドイツ語的な話を聞きたかった奇特な人がいたらごめんなさいでした。ドイツ語の話は18日に改めてするので許して。まだ1文字も書いてないけど。

 

*1:ちなみにマストドンで#今日から使える実用ドイツ語なるタグを見ればその手の阿呆が書き連ねてあります。

*2:この時点で「言語」アドベントカレンダーだということは頭から抜け落ちている。 

*3:あっやめて石投げないで

*4:「私も好き!」って人いないかな

*5:その昔ドイツで足を棒の様にしてDVDを探し回った記憶がよみがえる。

*6:もうちょっと目立ってほしい。

*7:東ドイツへの偏見が酷い。でも実際そういう傾向はある

*8:最期の十二日間でヒトラーを演じたスイスの俳優。ドイツ語圏では超大御所俳優。

*9:実を言うと主人公たちの年齢は良く分かりません。高校行ってないんだな的話が出る辺り18歳ぐらいなんでしょうか

*10:ここ顔のいい男達が抱き合って楽しそうにしてるので萌えポイントです。テストに出ます。

*11:旧東ドイツの悪名高き秘密警察の事。東ドイツの代名詞でもある

*12:割と誇張している気もする。